ひまつぶし

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錯誤の問題を考える。今、方法の錯誤を考えるとごちゃごちゃしてくるので、
客体の錯誤だけ考える。

1 「暴力団員だと思ったら一般人だった」
 →「暴力団員を殺す故意」は、「人を殺す故意」という点において、「一般人を殺す故意」と同じである。ここまでは論理的に絶対に成り立つ。「人を殺す故意」という基準は広すぎないか?と考える。刑法の条文レベルなので、広すぎない。 よって、故意と結果が一致しているので、錯誤はなかったことになり、殺人である。

2 「暴力団員だと思ったらマネキンだった」
 →「暴力団員を殺す故意」は、「刑法違反である」という点において、「マネキンを壊す故意」と同じである。ここまでは論理的に絶対に成り立つ。「刑法違反である」という基準は広すぎないか?と考える。

[広すぎる という説と、広すぎない という説がある。]

広すぎる→故意と結果の不一致。 殺人未遂と過失器物損壊。
    ただ、1と2の違いは「人だった」「マネキンだった」という客観的事実の違いであるのに、
    1では「一般人を殺した」結果が 故意で
    2では「マネキンを壊した」結果が 過失というのは、整合性がとれない。

広すぎない→刑法違反の故意で 刑法違反の結果 なので 刑法違反である。(論理的には成り立っているが、このあと、どうするの?)(二つの行為が、刑法全体レベルで違法だと言えただけ)

人を撃とうと思った → マネキンを壊した
 故意(刑法違反)    結果(刑法違反)  


「思ったことと 結果が同じだと 犯罪になる」

「殺そうと思って殺したら 殺人」(これは、故意も殺人 結果も殺人)
「刑法違反と思って刑法違反だったら 刑法違反」(これは、故意も刑法違反 結果も刑法違反)

「殺人の故意」と「器物損壊の結果」は、「刑法違反の故意で 刑法違反の結果なので 刑法違反」
このことから 殺人の故意… 刑法違反
      器物損壊の結果… 刑法違反 となる。


「殺人の故意」と「器物損壊の結果」は、
「法律違反という点では一緒」逆に「罪名のレベルでは一緒じゃない」。
「罪名レベルでは一緒じゃないことはどうでもいい。法律違反という点では一緒!」
(これを言った時点で、以後 殺人と器物損壊は罪名が違います、というのは禁止になるのか?)

「殺人」と「器物損壊」を「刑法」レベルに抽象化して見ることで、
一連の行為が「刑法違反」ということが分かった。


「殺虫罪」とは、「虫を殺す行為」であり、カマキリも虫で、バッタも虫である。
「殺虫罪」の中には、「殺カマキリ罪」と「殺バッタ罪」があるとする。
「カマキリを殺そうと思ったら、殺してみたらバッタだった」とき、何罪であるか。

カマキリやバッタを含む虫一般を殺そうと思って カマキリやバッタを含む虫一般を殺しているので 
 カマキリやバッタを含む虫を殺す 殺虫罪は完全に成立する。
 (ここで、カマキリ・バッタを抽象化して 虫 にした。カマキリ・バッタのままでは考えられないからである。ところで、一回抽象化したらもう元には戻せないのか?)
 殺虫罪が成立するということは 殺虫罪の中の具体的などれかが成立していなければおかしい。

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☆錯誤論の問題は、最終的には説得力があるかどうかである

カマキリは、虫である
ゴキブリは、虫である
カマキリは、虫という点において、ゴキブリと同じである
(論理的には成り立つし、「虫という点において」という共通項は
 そこまで広すぎるものではないので、説得力もある)

カマキリは、物体である。
扇風機は、物体である。
カマキリは、物体であるという点において、扇風機と同じである
(論理的には成り立つが、「物体であるという点において」という共通項が
 広すぎるので説得力がない)

暴力団員は、人である
一般人も、人である
暴力団員を殺すことは、人を殺すという点において、一般人を殺すことと同じである。
(論理的に成り立つし、「人を殺すという点において」という共通項は
 刑法の条文レベルなので、広すぎるということはないだろう。よって、妥当である。)


カマキリは、虫である。(正しい)
ゴキブリは、虫である。(正しい)
カマキリは、ゴキブリである。(正しくない)
カマキリは、虫であるという点においては、ゴキブリと同じであるが、細かい点を見れば違うかもしれない。(正しい)

Aさんへの殺意があると、殺人の故意である。(正しい)
Bさんへの殺意があると、殺人の故意がある。(正しい)
Aさんへの殺意があると、Bさんへの殺意があることになる。(正しくない)
Aさんへの殺意があるということは、殺意があるという点においては、Bさんへの殺意があるということと同じであるが、細かい点を見れば、違うかもしれない。(正しい)


右胸を撃つのは、胸を撃つことである。
左胸を撃つのは、胸を撃つことである。
よって、右胸を撃つのも左胸を撃つことも、胸を打つという点においては、同じである。

A「アルコール飲んじゃだめだよ」
B「ビール飲もう」
A「アルコールに含まれるよ!」 (含まれるとダメ)

A「人を殺しちゃだめだよ」
B「暴力団員を殺そう」
A「人に含まれるよ!」(含まれるとダメ)
    ↓
B「わ〜!一般人に当たった〜!」


B「暴力団員を殺すつもり」(主観的故意)は認めるよ。
A「その時点で僕は 人に含まれるよ!って言ったね」(客観的故意)


「暴力団員を殺そう」→「暴力団員を殺した」のとき、殺人罪が適用されるのは
   「人を殺そう」→「人を殺した」と読みかえることができるからである。

この構図は、「暴力団員」の部分が何に変わっても一緒。

「パチンコ」「競馬」「競艇」があり、まとめて「ギャンブル」と呼ぶ。
この中で、「競艇」だけはお金をそれほど浪費せず、後の二つはめちゃくちゃ浪費するとする。

父「ギャンブルはいけないよ」
ぼく「わかった〜」
父「こらー!競艇やるなー!」
ぼく「ごめん」
父「ギャンブルはお金をめちゃくちゃ浪費するんだぞ」
ぼく「競艇はそれほどでもないよ」
父「とにかく、ギャンブルはよくない!」

(問題点:競艇しかやってないのに、ギャンブル一般をやったことになっている。)

→競艇しかやってないので、競艇以外のギャンブルの性質を持ち出し、それをやったことにするのは不当である。





「暴力団への殺人」「一般人への殺人」があり、まとめて「殺人」と呼ぶ。

法律「殺人はいけないよ」
ぼく「わかった」

ぼく「暴力団への殺人 をやろうと思ったら 一般人の殺人になっちゃった」
法律「こらー!殺人やるな!」

 暴力団への殺人の故意しかないので、「暴力団への殺人以外」の殺人の故意があったことにするのは不当である(???)

「暴力団員を殺すつもりで、一般人を殺すつもりはなかった(人違い)」という意見にどう反論するか

あなたは、暴力団員を殺すつもりだった。

でも、暴力団員は人である。あなたも、暴力団員は人だと思っているはずである。

そうすると、暴力団員を殺すつもりだった という意図を持った時点で

自動的に 人を殺すつもりだった という意図が同時に成立する。

よって、あなたは 一般に人を殺すつもりがあった。

「えっ?僕が通り魔的犯行だというの?」

いいえ。ただ、「暴力団員だけを殺すつもりだった」(主観的故意)と言っても、「人を殺すつもりだった」(客観的故意)を否定することはできない。

ここにおいて、問題は故意の錯誤に帰着する。

「暴力団員だけを殺すつもりだった」(主観的故意)
「一般に人を殺すつもりだった」(客観的故意)

Q なぜ、広く含むはずなのに・・・

錯誤論について考えよう!

ケース極限「胸の真ん中を撃とうとしたら、胸の真ん中から0.0000000001ミリメートルはなれたところに当たった」
    ↓
「その意図の違いに、有意性を認められない。ほとんど意図通りである。」

ケース1 「右胸を撃とうとしたら、左胸に当たった」
    ↓
「その意図の違いに、有意性を認められない。右胸を撃って殺すこと と 胸を撃って殺すこと の間に
 本質的な差異はない。」

ケース2 「暴力団員だと思って撃ったのに、確認したら一般人だった(俺は一般人に危害を加えるようなことは断固として許さない主義だ)」

A「意図と違うので、殺人未遂と過失致死にする」     (名無し)
B「その人を殺そうとして、その人を殺しているので、殺人」(具体的符合説)

ケース3 「暴力団員を撃つつもりが、隣の一般人に当たった」
   ↓
A「意図と違うので、殺人未遂と過失致死にする」(具体的符合説)
B「一般に、殺人をしようとして、殺人をしているので、殺人」(法定的符合説)

ケース4 「暴力団員を撃ったと思って確認したらマネキンだった」

A「意図と違うので、殺人未遂と過失器物損壊にする」(具体 法定)
B「一般に、法律違反をしようとして、法律違反をしているので、法律違反」(抽象)

ケース5 「落とし物だと思ったら 近くにいた」

A「意図と違うので、占有離脱物横領未遂 と 過失窃盗」(具体)
B「占有離脱物横領と窃盗の間でかぶっているので、軽い方」(法定)←かぶっているときは抽象までいかないのは俺も賛成



具体的符合説を批判しよう!
「暴力団員を撃とうとし 狙い通りに当たり 一般人に当たった」(殺人)
           と
「暴力団員を撃とうとし 狙いが外れて 一般人に当たった」(殺人未遂と過失致死)

の違いは「狙いがあたったかどうか」だけだけど、
そこは時の運が絡んでくるし、本質的に重要ではない。
「故意」と「結果」だけが重要であるべきだ。


抽象的符合説を批判しよう!

「暴力団員を撃とうとし 狙いが当たって 一般人だった(意図と違う)」(殺人)
          と
「暴力団員を撃とうとし 狙いが当たって マネキンだった(意図と違う)」(殺人未遂 と 過失器物損壊)
          を比べる。

錯誤の性質が、人違いタイプで共通しているのに…

「よ〜し当たったぞ!」「うわ〜ちがう〜」 「別人だ〜」
「よ〜し当たったぞ!」「うわ〜ちがう〜」 「マネキンだ〜」
                        ↑
                 違うのは、ここだけである。この部分は、故意と過失とは関係がない。
                 それなのに、この部分の差異で、故意と過失の差異が出ている点がおかしい。

法律心理テスト〜!!

山田くんを殺そうと思って銃を撃ったのに、弾が変な方に飛んだので隣にいた佐藤くんを殺しちゃった

立場A 「佐藤くんを殺すつもりがあったわけじゃないから、殺人じゃないよね。」
立場B 「人を殺そうとするつもりがあったことには変わりはないから、殺人だよね。」

あなたはどっち?

↓診断結果は下だよ





























[診断結果]

Aタイプ (物事の結果を大事にするタイプです。)
 長所 成果を出すためには努力を惜しみません。
 短所 失敗したときに必要以上に自分を責めてしまいます。

Bタイプ (行動のプロセスを大事にするタイプです。)
 長所 試合に負けても、「頑張ってよかった」と前向きに考えることができます。
 短所 目標が達成できていないのに、へらへらしていることが多いです。


※ちなみに、法律用語ではAタイプをを「具体的符合説」(結果無価値論と親和性がある)
 Bタイプをを「法定的符合説」(行為無価値論と親和性がある)といいます。
※無価値論 って言葉は、ぱっと見の印象と違うから、注意しようね。
※詳しいことは俺には聞かないで調べてね。

2014 東大入試を解いてみたよ

暇なので東大入試の 落語の国の精神分析を解いてみたよ!

(一)客の対価に見合う成果を自分一人の力で生み出さねばならないという緊張感のこと。
(二)落語家は演じる自己を客観化するのみならず、演技の中でも一人で複数の人物に同一化しなければならないということ。
(三)共存不能な複数の自己が一人の人間の中に存在していることから、何らかの統合作用の存在を仮定すること。
(四)患者の中の対称性を持つ自己にそれぞれ向き合うことで、患者の分裂した自己を分析家本人の自己とは別に体験するということ。
(五)落語家が演じる自己の中でさらに複数の自己を持っているのと同様に、分析家が患者の中の複数の自己を自らの中に具現化することは、患者にとって自己の中の対立の止揚を意味し、分裂を統合する自律的な自己の存在可能性を示唆するということ。

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